解放図書館Liberated Library

蔵書 › 毛主席語録

この文書は保護期間中(license: pending)として登録されています。詳細は末尾の書誌情報を参照。

社会主義と共産主義

毛沢東 · 1964年

縦書きで読む毛主席語録

3.社会主義と共産主義

共産主義はプロレタリアートの全思想体系であると同時に、また新しい社会制度でもある。このような思想体系と社会制度は、他のいかなる思想体系とも、他のいかなる社会制度とも区別されるものであって、それは人類の歴史はじまっていらいの、もっとも完全な、もっとも進歩した、もっとも革命的な、もっとも合理的なものである。封建主義の思想体系と社会制度は、すでに歴史博物館入りしたしろものである。資本主義の思想体系と社会制度も、その一部はすでに博物館(ソ連では)にはいっているが、他の部分も、すでに「日は西山にせまり、気息奄々、生命も危く、朝あしたに夕ゆうべをはかりがたし」であって、まもなく博物館入りになるであろう。ただ、共産主義の思想体系と社会制度だけがいままさに天地をくつがえす勢い、万雷のとどろく力で、全世界にひろがりあふれ、そのうるわしい青春をたもっている。

「新民主主義論」(1940年1月)、『毛沢東選集』第2巻

社会主義制度は、とどのつまり、資本主義制度にとってかわるであろう。これは人びとの意志によっては左右できない客観法則である。反動派がどのように歴史の車輪の前進をはばもうとしても、革命は、おそかれ早かれ起こるし、また、かならず勝利をおさめるであろう。

「ソ連最高会議の偉大な10月社会主義革命40周年祝賀会における講話」(1957年11月6日)

われわれ共産党員は、一貫して自己の政治的主張をかくさない。われわれの未来綱領もしくは最高綱領は、中国を社会主義社会と共産主義社会に前進させるものであり、これは確定的でいささかの疑問の余地もないことである。わが党の名称とわれわれのマルクス主義の世界観が、この将来のかぎりなく輝かしい、かぎりなく美しい、最高の理想を明確にさししめしている。

「連合政府について」(1945年4月24日)、『毛沢東選集』第3巻

中国共産党の指導する中国の革命運動全体は、民主主義革命と社会主義革命という2つの段階をふくむ全革命運動である。これは性質の異なる2つの革命の過程であり、まえの革命の過程を完結しなければ、あとの革命の過程は完結できない。民主主義革命は社会主義革命の必要な準備であり、社会主義革命は民主主義革命の必然の趨勢である。そして、すべての共産主義者の最終目的は、社会主義社会と共産主義社会の最終的な達成を、全力をあげてたたかいとることである。

「中国革命と中国共産党」(1939年12月)、『毛沢東選集』第2巻

社会主義革命の目的は、生産力を解放することにある。農業と手工業が小私有制から社会主義的集団所有制にかわり、私営工商業が資本主義的所有制から社会主義的所有制にかわることによって、必然的に、生産力は大々的に解放される。こうして、工業と農業の生産を大きく発展させるための社会的条件がっくり出されるのである。

最高国務会議における講話(1956年1月25日)

われわれはいま、社会制度の面で私有制から共有制への革命をおこなっているばかりでなく、技術の面で手工業生産から大規模な現代的機械生産への革命をおこなっており、この2つの革命は1つにむすびついている。農業の面では、わが国の条件からみて(資本主義国では農業を資本主義化させるが)、まず協同化してからでなければ、大型機械をつかうことはできない。このことからもわかるように、われわれは、工業と農業、社会主義的工業化と農業の社会主義的改造というこの2つの事がらをけっしてきりはなしたり、たがいに孤立させたりしてはならないし、けっして一方だけを強調して、他方を弱めたりしてはならない。

「農業協同化の問題について」(1955年7月31日)

新しい社会制度はうち立てられたばかりで、まだそれを強化する時間が必要である。新しい制度がひとたびうち立てるれると、それでもう完全に強固なものとなったなどと考えてはならないし、そんなことはありえないことである。それは一歩一歩強化していかなければならない。それを最後的に強化するには、国の社会主義的工業化を実現し、経済戦線での社会主義革命を堅持しなければならず、また、政治戦線、思想戦線で、不断の、なみなみならぬ社会主義革命の闘争と社会主義教育をおこなわなければならない。 このほか、いろいろな国際的条件が呼応することも必要である。

「中国共産党全国宣伝工作会議における講話」(1957年3月12日)

わが国では、社会主義制度を強化するたたかい、社会主義と資本主義のどちらがどちらに勝つかのたたかいは、まだひじょうに長い歴史的時期を経なければならない。しかし、われわれは、この社会主義の新しい制度がかならず強化されるということを見てとらなければならない。われわれはかならず現代工業、現代農業、現代科学・文化をそなえた社会主義国を建設することができるであろう。

「中国共産党全国宣伝工作会議における講話」(1957年3月12日)

われわれの国家にたいして敵対的な感情をいだいている知識人はごく少数である。このような人びとはわれわれのこのプロレタリアート独裁の国家をこのまず、旧社会に未練をもっている。かれらは、機会さえあれば、波らんをまきおこして、共産党をくつがえし、旧中国を復活させようと考えている。これは、プロレタリアートとブルジョアジーの2つの路線、社会主義と資本主義の2つの路線のうち、かたくなにあとの路線をあゆもうとしている人びとである。このあとの路線は実際には実現不可能なので、かれらは実際には帝国主義、封建主義、官僚資本主義に投降しようとしている人びとである。政界、工商業界、文化・教育界、科学・技術界、宗教界のいずれにもこのような人びとはいるのであり、それはきわめて反動的な人びとである。

「中国共産党全国宣伝工作会議における講話」(1957年3月12日)

重大な問題は農民の教育である。農民の経済は分散しており、ソ連の経験によっても、農業の社会化にはひじょうに長い時間と細心の工作が必要である。農業の社会化なしには、全面的な、強固な社会主義はありえない。

「人民民主主義独裁について」(1949年6月30日)、『毛沢東選集』第4巻

われわれはつぎの点に確信をもたなければならない。(1)広範な農民が、党の指導のもとで一歩一歩社会主義への道をすすんでゆきたいとのぞんでいること。(2)党が農民を指導して社会主義への道をすすませることができること。この2つの点が事物の本質であり、主流である。

「農業協同化の問題について」(1955年7月31日)

協同組合の指導機関は、かならず指導機関における現在の貧農と新しい下層中農の優勢をうちたて、以前の下層中農と新・旧上層中農を補助的な力としなければならない。こうしてはじめて、党の政策にもとづいて、貧農と中農との団結を実現し、協同組合を強化し、生産を発展させ、全農村の社会主義的改造を正しくなしとげることができるのである。この条件がなければ、中農と貧農とは団結することができず、協同組合は強化することができず、生産は発展することができず、全農村の社会主義的改造は実現することができない。

「長沙県高山郷武塘農業生産協同組合は、中農が優位を占めていたのを、どのようにして貧農が優位を占めるようにしたか」という文章にたいする評語(1955年)、「中国農村における社会主義の高まり」中巻

中農とはかならず団結しなければならず、中農と団結しないのは誤りである。ところで、労働者階級と共産党は農村でだれに依拠して中農と団結し、全農村の社会主義的改造を実現するのか。もちろん、貧農しかない。以前、地主と闘争し「土地改革をおこなったときもそうであったし、いま、富農やその他の資本主義的要素と闘争し、農業の社会主義的改造をおこなうときもやはりそうである。2つの革命の時期において、中農は、最初の段階ではいずれも動揺している。大勢を見きわめ、革命がまさに勝利しようというときになって、はじめて中農は革命の側に参加してくるのである。貧農はかならず中農にはたらきかけ、中農を自分たちの側に団結させ、最後の勝利をかちとるまで、革命を日1日と広げていかなければならない。

「福安県で『中農協同組合』と『貧農協同組合』が生まれたことについての教訓」という文章にたいする評語(1955年)、『中国農村における社会主義の高まり』中巻

ゆたかな農民のあいだにある資本主義的傾向はゆゆしいものである。協同化運動において、また、その後のかなり長い期間において、われわれが少しでも農民にたいする政治工作をゆるめるなら、資本主義的傾向はたちまちはん濫するようになるであろう。

「資本主義的傾向にたいして断固とした闘争をおこなわなければならない」という文章にたいする評語(1955年)、『中国農村における社会主義の高まり』上巻

農業協同化運動は、そのはじめからきびしい思想的、政治的闘争である。どの協同組合も、このような闘争を経なければ、つくられない。まったく新しい社会制度をふるい制度の土台のうえにうちたてようとすれば、かならずこの土台をとりのぞかなければならない。ふるい制度を反映するふるい思想の残りかすは、なんといって長期にわたって人びとの頭にとどまり、そうやすやすと出ていくのではない。協同組合は、できてからもなお多くの闘争を経なければ、自己を強化することはできない。強化されたあとでも、ちょっと手をゆるめるなら、またつぶれてしまう可能性がある。

「重大な教訓」という文章にたいする評語(1955年)、『中国農村における社会主義の高まり』上巻

さいきん数年のあいだに、農村における資本主義の自然発生的な力が日1日と発展してきており、あたらしい富農がすでにいたるところにあらわれ、多くの富裕中農が富農になろうと懸命になっている。多くの貧農は、生産手段が不足しているため、依然として貧困な地位におかれており、あるものは借金を背負い、あるものは土地を売るか、貸すかしている。こうした事態が発展していくのをそのままゆるすなら、農村における両極分化の現象は必然的に日1日と重大なものとなるであろう。土地を失った農民や、あいかわらず貧困な地位におかれている農民は、われわれがかれらを見殺しにしており、その困難を解決するのを援助していない、といって不平をこぼすにちがいない。資本主義の方向へ発展しようとする富裕中農もまた、われわれに不満をいだくであろう。なぜなら、われわれがもし資本主義の道をあゆもうとしなければ、これらの農民の要求を永遠にみたすことができないからである。こうした状況のもとで、労働者と農民の同盟がひきつづき強固なものとなっていくことができるであろうか。明らかにできない。この問題は、あたらしい基礎のうえにたってはじめて解決できるのである。 つまり、社会主義的工業化を1歩1歩実現し、手工業と資本主義的工商業にたいする社会主義的改造を1歩1歩実現していくと同時に、農業ぜんたいにたいする社会主義的改造を1歩1歩実現していくこと、すなわち、協同化をおこない、農村で富農経済の制度と小私有経済の制度を一掃して、全農村の人民をともにゆたかにすることである。われわれは、こうしなければ労働者と農民の同盟が強固なものとなることはできない、と考える。

「農業協同化の問題について」(1955年7月31日)

……全般的な配慮をはらうというのは、6億の人口にたいして全般的な配慮をはらうということである。われわれは計画をたて、事をおこない、問題を考えるばあい、わが国に6億の人口があるという点から出発すべきであって、けっしてこの点を忘れてはならない。

「人民内部の矛盾を正しく処理する問題について」(1957年2月27日)

党の指導をのぞけば、6億の人口が決定的な要因である。人が多ければ、議論も多く、熱意も高まり、意気込みも強まる。いまだかつて、現在のように人民大衆の精神がふるいたち、闘志が高まり、意気があがったのを見たことがない。

「ある協同組合を紹介する」(1958年4月15日)

他の特徴をのぞけば、中国の6億の人口がもついちじるしい特徴は、1つには経済的に貧しく、2つには文化的に立ちおくれているということである。これらは、見たところよくないようだが、実際にはよいことである。貧しければ変えようと考え、頑張ろうと考え、革命をやろうと考える。1枚の白紙はなにも背負っているものがなく、もっとも新しく、もっとも美しい文字を書くのに都合がよいし、もっとも新しく、もっとも美しい絵を書くのに都合がよい。

「ある協同組合を紹介する」(1958年4月15日)

中国革命が全国で勝利をおさめ、土地問題が解決されたのちも、中国にはまだ二種類の基本的な矛盾が存在する。ひとつは国内的な矛盾、すなわち労働者階級とブルジョアジーとの矛盾である。もうひとつは対外的な矛盾、すなわち中国と帝国主義国との矛盾である。したがって、労働者階級の指導する人民共和国の国家権力は、人民民主主義革命の勝利ののちにおいても、これを弱めるのではなくて、強めなければならない。

「中国共産党第7期中央委員会第2回総会での報告」(1949年3月5日)、『毛沢東選集』第4巻

「きみたちは国家権力を消滅させるのではないのか」。われわれはそうする。しかし、いまはまだそうしないし」またそうするわけにはいかない。なぜか。帝国主義がまだ存在し、国内の反動派がまだ存在し、国内の階級がまだ存在しているからである。われわれの現在の任務は、人民の国家機構、それは主として人民の軍隊、人民の警察、人民の法廷のことであるが、これを強めることによって、国防をかため、人民の利益をまもることである。

「人民民主主義独裁について」(1949年6月30日)、『毛沢東選集』第4巻

われわれの国家は労働者階級が指導し、労働者と農民の同盟を基礎とする人民民主主義独裁の国家である。この独裁はなにをするものなのか。独裁の第1の機能は、国内の反動階級、反動派および社会主義革命に反抗する搾取者を抑圧し、社会主義建設の破壊者を抑圧することであり、それは、国内の敵味方のあいだの矛盾を解決するためである。たとえば、一部の反革命分子を逮捕するとともに、かれらに刑罰をくわえること、地主階級分子や官僚ブルジョア分子にたいして、ある期間、選挙権をあたえず、かれらに言論発表の自由の権利をあたえないことなどはみな、独裁の範囲に属する。社会の秩序を維持し、広範な人民の利益をまもるために、窃盗犯、詐欺犯、殺人、放火犯、ならずものの集団、社会の秩序をひどくみだすさまざまな悪質分子にたいしても、独裁をおこなわなければならない。独裁には、さらに第2の機能がある。それは国の外からの敵の転覆活動や、しかけてくる可能性のある侵略を防ぐことである。このような状況があらわれたばあいには、独裁は、対外的に敵と味方のあいだの矛盾を解決する任務を負う。独裁の目的は全人民の平和的な労働をまもり、.わが国を現代工業、現 代農業、現代科学・文化をそなえた社会主義国にきずきあげることにある。

「人民内部の矛盾を正しく処理する問題について」(1957年2月27日)

人民民主主義独裁には、労働者階級の指導が必要である。というのは、労働者階級だけが、もっとも遠くを見通すことができ、公正無私であり、もっとも徹底した革命的性格に富んでいるからである。労働者階級の指導がなければ革命は失敗し、労働者階級の指導があれば革命は勝利する。このことは、革命の全歴史が証明している。

「人民民主主義独裁について」(1949年6月30日)、『毛沢東選集』第4巻

人民民主主義独裁の基礎は労働者階級、農民階級および都市小ブルジョアジーの同盟であり、主として、労働者と農民の同盟である。なぜなち、この2つの階級は、中国の人口の80パーセントから90パーセントをしめているからである。帝国主義と国民党反動派をくつがえすのは、主としてこの2つの階級の力である。新民主主義から社会主義にたっするには、主として、この2つの階級の同盟に依存しなければならない。

「人民民主主義独裁について」(1949年6月30日)、『毛沢東選集』第4巻

階級闘争、生産闘争、科学実験は、強大な社会主義国を建設するための3つの偉大な革命運動であり、それは共産主義者に官僚主義をとりのぞかせ、修正主義と教条主義をまぬかれさせ、永遠に不敗の地に立たせる確固とした保証であり、また、プロレタリアートに広範な勤労大衆と結びつかせ、民主主義独裁を実行させることのできるたしかな保証である。さもなければ、地主分子、富農分子、反革命分子、悪質分子、妖怪変化のたぐいをいっせいにとびださせてしまうし、しかも、われわれの幹部がそれにかまわず、ひどいばあいには多くのものが敵味方の区別がつかず、たがいに結託し、敵によってむしばまれ、分化、瓦解させられ、ひきずり出され、もぐりこまれ、さらに、多くの労働者、農民、知識人もまた敵の硬軟両様の手口にのせられてしまい、この調子でゆくなら、それほど長い期間がたたなくても、つまり、短くて数年、10数年、長くて数10年もたてば、不可避的に全国的規模の反革命の復活があらわれ、マルクス・レーニン主義の党は修正主義の党にかわり、ファシストの党にかわり、中国全体が変色してしまうであろう。

「幹部が労働に参加することについての淅江省の7つのすぐれた資料」にたいする評語(1963年5月9日)、「フルシチョフのエセ共産主義とその世界史的教訓」で引用されたことば。1964年7月14日づけ『人民日報』

人民民主主義独裁には2つの方法がある。敵にたいしては、独裁の方法をとる。すなわち、必要な期間、かれらを政治活動に参加させず、人民政府の法律にしたがうよう強制し、労働に従事するよう強制するとともに、労働のなかで新しい人間になるようかれらを改造するのである。人民にたいしては、これとは逆に、強制的な方法をとるのではなく、民主的な方法をとる。すなわち、かれらを政治活動に参加させなければならす、ああしろ、こうしろとかれらに強制するのではなくて、民主的な方法で、かれらに教育と説得をおこなうのである。

中国人民政治協商会議第1期全国委員会第2回会議における閉会の辞(1950年6月30日)

さらに強固な基礎のうえに中国の社会主義事業を急速に発展させるため、中国人民は、いま共産党の指導のもとで、生気はつらつとした整風運動をおこなっている。これは、都市と農村において、社会主義と資本主義の2つの道、国家の根本制度と重大政策、党および政府の要員の工作作風、人民の生活と福祉などの諸問題について、事実をあげて道理を説く方法で、指導をうけながら、自由に全人民的な大討論をくりひろげ、それによって、人民の内部に実際に存在し、しかも現在解決を必要としているさまざまな矛盾の問題を正しく解決することである。これは社会主義的な、人民の自己教育、自己改造の運動である。

「ソ連最高会議の偉大な10月社会主義革命40周年祝賀会における講話」(1957年11月6日)

偉大な建設の仕事をおこなうために、われわれの前には、きわめて複雑で重大な任務がよこたわっている。われわれには1千万をこえる党員がいるが、しかし、全国の人口のなかでは、やはりごく少数をしめているにすぎない。われわれの各国家機関と各種の社会事業において、多くの仕事は、党外の人びとにたよってやらなければならない。もし、われわれが人民大衆にたよることが不得手であり、党外の人びとと協力することが不得手であるなら、仕事をうまくやることはできない。われわれは、ひきつづき全党の団結をつよめてゆくとともに、また、ひきつづき各民族、民主的諸階級、民主的諸党派、人民諸団体の団結をつよめ、ひきつづきわれわれの人民民主統一戦線を強化、拡大しなければならず、党と人民との団結をさまたげるよくない現象は、どのような仕事の一環の、どのような種類のものであっても、すべて真剣にあらためるようにしなければならない。

「中国共産党第8回全国代表大会の開会の辞」(1956年9月15日)

著者
毛沢東
原著
1964年
底本
『毛主席語録』外文出版社(北京)。電子化 HTML: http://maoist.web.fc2.com/mao/goroku000.htm
掲載根拠
保護期間中(未公開)
備考
著者没年 1976。中国は死後50年(2027-01-01 満了)、日本は死後70年(2047-01-01 満了)。外文出版社の日本語訳は法人著作として別に保護される

↑↓ で移動、Enter で開く。Powered by Pagefind