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幹部

毛沢東 · 1964年

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29.幹部

われわれの党と国家が変色しないよう保証するためには、われわれは正しい路線と政策をもつ必要があるだけでなく、なん百万なん千万というプロレタリア革命事業の継承者を育成し、養成する必要がある。

プロレタリア革命事業の継承者を育成する問題は、根本的にいえば、古い世代のプロレタリア革命家がはじめたマルクス・レーニン主義の革命事業をうけつぐ人がいるかどうかの問題であり、将来われわれの党と国家の指導部がひきつづきプロレタリア革命家の手中ににぎられうるかどうかの問題であり、われわれの子々孫々がマルクス・レーニン主義の正しい道にそって前進しつづけることができるかどうかの問題であり、すなわち、われわれがフルシチョフ修正主義の中国での再演をみごとに防げるかどうかの問題である。要するに、これはわれわれの党と国家の運命にかかわる、生きるか死ぬかのきわめて重大な問題である。これはプロレタリア革命事業の百年の大計であり、千年の大計であり、万年の大計である。帝国主義の予言者たちは、また、ソ連でおこった変化をよりどころにして、「平和的転化」の望みを中国の党の第3代目あるいは第4代目の人びとにかけている。われわれはかならず帝国主義のこうした予言を徹底的に破産させなければならない。われわれはかならず、上から下まで、普遍的、恒常的に、革命事業の継承者を育成し、養成することに心をくばらなければならない。

どんな条件をそなえれば、プロレタリア革命事業の継承者となることができるか。

かれらは、真のマルクス・レーニン主義者でなければならず、フルシチョフのようにマルクス・レーニン主義の看板をかかげた修正主義者であってはならない。

かれらは、中国と世界の圧倒的多数の人びとに誠心誠意奉仕する革命家でなければならず、フルシチョフのように、国内ではひとにぎりのブルジョア特権階層の利益に奉仕し、国際的には帝国主義と反動派の利益に奉仕するのであってはならない。

かれらは、圧倒的多数の人びとと団結して、いっしょに仕事のできるプロレタリアートの政治家でなければならない。自分と意見の同じ人びとと団結しなければならないだけでなく、自分と意見のちがう人びとともりっぱに団結しなければならず、また、自分に反対したことがあり、しかもすでにあやまちであったことが実践によって明らかになった人びとともりっぱに団結しなければならない。しかし、フルシチョフのような個人的野心家や陰謀家にはとくに警戒し、このような悪人が党と国家の各級指導部をのっとるのを防がなければならない。

かれらは、党の民主集中制を模範的に実行するものでなければならず、「大衆のなかから、大衆のなかへ」という指導方法を習得しなければならす、よく大衆の意見に耳を傾ける民主的な作風を身につけなければならない。フルシチョフのように、党の民主集中制をふみにじって、横暴にふるまい、同志にたいして突然の攻撃をくわえ、道理を無視して、個人独裁を実行してはならない。

かれらは、謙虚でつつしみぶかく、おごりやあせりをいましめ、自己批判の精神にとみ、自分の仕事のなかの欠点やあやまりを勇敢にあらためるのでなければならない。フルシチョフのように、自分のあやまちをひたかくしにし、あらゆる功績を自分のものにし、いっさいのあやまちを他人におしつけるようなことは絶対にしてはならない。

プロレタリア革命事業の継承者は、大衆闘争のなかから生まれるのであり、革命のはげしい風波のなかで鍛えられて成長するのである。長期にわたる大衆闘争のなかで、幹部を観察し、識別し、継承者をえらびだし、養成しなければならない。

「フルシチョフのエセ共産主義とその世界史的教訓」のなかのことば、1964年7月14日づけ『人民日報』

わが党の組織は全国に発展しなければならず、何万という幹部を意識的に養成していかなければならず、何百人ものもっとも優秀な大衆の指導者がいなければならない。これらの幹部と指導者は、マルクス・レーニン主義を身につけ、政治的に遠い見通しをもち、活動能力をもち、献身的精神に富み「独自で問題を解決することができ、困難のなかにあっても動揺せず、民族のため、階級のため、党のために誠心誠意活動するものでなければならない。党は、これらの人びとに依拠して、党員や大衆とむすびつき、これらの人びとの大衆にたいするしっかりした指導に依拠して、敵を打倒する目的を達成するのである。これらの人びとは、私利私欲のない、個人英雄主義や売名主義のない、怠惰や消極性のない、尊大なセクト主義のない、公正無私の民族の英雄、階級の英雄である。これこそ、共産党員、党の幹部、党の指導者のもつべき性格であり、作風である。

「何百何千万の大衆を抗日民族統一戦線へ参加させるためにたたかおう」 (1937年5月7日)、『毛沢東選集』第1巻

政治路線が確定されたのちには、幹部が決定的な要因になる。したがって大量の新しい幹部を計画的に養成することがわれわれの闘争任務である。

「民族戦争における中国共産党の地位」(1938年10月)、『毛沢東選集』第2巻

共産党の幹部政策は、党の路線を断固として遂行し、党の規律にしたがい、大衆と緊密なつながりをもち、ひとりだちで活動できる能力をもち、積極的に仕事をし、私利私欲をはからないことを基準とすべきである。これは「任用は賢のみによる」路線である。

「民族戦争における中国共産党の地位」(1938年10月)、『毛沢東選集』第2巻

幹部の集団的な生産労働への参加の制度を堅持しなければならない。わが党と国家の幹部は普通の勤労者であって、人民の頭の上にあぐらをかく旦那ではない。幹部は集団的な生産労働への参加を通じて、勤労人民ともっとも広範で、恒常的な、密接な関係を保持する。これは、社会主義制度のもとでの根本的意義をもつ大きな問題であり、官僚主義を克服し、修正主義と教条主義を防止するのに役立つものである。

「フルシチョフのエセ共産主義とその世界史的教訓」のなかのことば、1964年7月14日づけ『人民日報』

幹部を識別することに習熟しなければならない。幹部のある1時期、ある1事項についてみるだけでなく、幹部の全経歴と全活動をみなければならないのであって、これが幹部を識別する主要な方法である。

「民族戦争における中国共産党の地位」(1938年10月)、『毛沢東選集』第2巻

幹部を使用することに習熟しなければならない。指導者の責務は、結局のところ、主として構想をしめすこと、幹部をつかうことの二つである。すべての計画、決議、命令、指示などはみな「構想をしめす」ことのうちにはいる。すべての構想が実行されるためには、幹部を団結させ、かれらにその実行をうながさなければならす、これは「幹部をつかう」ことのうちにはいる。

「民族戦争における中国共産党の地位」(1938年10月)、『毛沢東選集』第2巻

幹部を愛護することに習熟しなければならない。愛護する方法は、第1に、かれらを指導することである。それは、かれらに大胆に責任を負わせておもいきって活動させることであり、同時にまた、かれらが党の政治路線のもとで創意性を発揮できるように、適時に指示をあたえることである。第2に、かれらをたかめることである。それは、かれらが理論のうえで、活動能力のうえで、いっそうたかまるようにかれらに学習の機会をあたえ、かれらを教育することである。第3に、かれらの活動を点検し、かれらが経験をしめくくり、成果をのばし、あやまりをただすよう援助することである。仕事をまかせておいて点検せず、重大なあやまりをおかしたときになってからはじめてそれに目をむけることは、幹部を愛護するやり方ではない。第4に、あやまりをおかした幹部にたいしては、一般的には説得の方法をとって、かれらがあやまりをただすのをたすけることである。重大なあやまりをおかしながら、なお指導をうけいれない人びとにたいしてだけ、闘争という方法をとるべきである。ここでは、しんぼうづよいことが必要であり、軽がるしく、「日和見主義」という大きなレッテルをはり、「闘争 を展開する」という方法をとることはまちがいである。第5に、かれらの困難に心をくばってやることである。病気、生活、家庭などの面で困難な問題をかかえている幹部については、可能な範囲内で気をつけて世話をしてやらなければならない。これらの点が幹部を愛護する方法である。

「民族戦争における中国共産党の地位」(1938年10月)、『毛沢東選集』第2巻

ほんとうに一致団結した、大衆とのつながりをもつ指導的骨幹は、すべて、大衆闘争のなかでしだいに形成されなければならず、大衆闘争からはなれて形成されうるものではない。多くのばあい、ある偉大な闘争の過程では、最初の段階と中間の段階と最後の段階で、指導的骨幹がまったくおなじであってはならず、また、まったくおなじではありえない。闘争のなかからうまれる活動家をたえず抜擢して、いままでの骨幹のうち見おとりのしてきたものや腐敗したものととりかえなければならない。

「指導方法のいくつかの問題について」(1943年6月1日)、『毛沢東選集』第3巻

わが党に、もし広範なあたらしい幹部とふるい幹部の一致協力がなければ、われわれの事業は中断してしまう。したがって、すべてのふるい幹部は、絶大の熱情をもってあたらしい幹部を歓迎し、あたらしい幹部に関心をよせるべきである。なるほど、あたらしい幹部には欠点があり、かれらは、革命に参加してからまだ間がなく、経験にとぼしく、かれらのうちのあるものが、まだ旧社会のよくない思想のしっぽ、すなわち小ブルジョア個人主義の思想の残りかすを身につけてくることはさけがたい。しかし、これらの欠点は、教育をつうじ、革命できたえられるなかで、しだいにとりさることができる。かれらの長所は、かつてスターリンがのべたように、新鮮な事物にたいして鋭敏な感覚をもっていることであり、したがって、高度の熱情と積極性をもっていることであり、しかもこの点こそ、一部のふるい幹部に欠けているものである。新旧幹部は一致団結して、共同の事業をおしすすめるため、たがいに尊重し、たがいに学びあい、長所をとりいれ短所をおぎなってセクト主義の傾向をふせぐべきである。

「党の作風を整えよう」(1942年2月1日)、『毛沢東選集』第3巻

党員幹部に関心をよせるとともに、非党員幹部にも関心をよせなければならない。党外には多くの人材がおり、共産党はかれらを度外視してはならない。孤高をたもつ悪習をすてきり、党外の幹部といっしょに仕事をすることに習熟し、かれらをこころから援助し、あたたかい同志的な態度でかれらに接し、かれらの積極性を抗日と建国の偉大な事業のなかに組みいれるととが、共産党員1人ひとりの責務である。

「民族戦争における中国共産党の地位」(1938年10月)、『毛沢東選集』第2巻

著者
毛沢東
原著
1964年
底本
『毛主席語録』外文出版社(北京)。電子化 HTML: http://maoist.web.fc2.com/mao/goroku000.htm
掲載根拠
保護期間中(未公開)
備考
著者没年 1976。中国は死後50年(2027-01-01 満了)、日本は死後70年(2047-01-01 満了)。外文出版社の日本語訳は法人著作として別に保護される

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