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人民戦争

毛沢東 · 1964年

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8.人民戦争

革命戦争は大衆の戦争であり、戦争をするには大衆を動員する以外になく、戦争をするには大衆に依拠する以外にない。

「大衆の生活に関心をよせ、活動方法に注意せよ」(1934年1月27日)、『毛沢東選集』第1巻

ほんとうの金城鉄壁とはなにか。それは大衆である。まごころから革命を支持する何百何千万の大衆である。これが、どのような力にもうちやぶられない、まったくうちやぶられることのない、ほんとうの金城鉄壁である。反革命はわれわれをうちやぶることはできないが、われわれは反革命をうちやぶらなければならない。革命政府のまわりに何百何干万の大衆を結集して、われわれの革命戦争を発展させたなら、われわれはすべての反革命を消滅することができ、全中国を奪取することができる。

「大衆の生活に関心をよせ、活動方法に注意せよ」(1934年1月27日)、『毛沢東選集』第1巻

戦争の偉力のもっとも深い根源は民衆のなかにある。日本があえてわれわれをあなどるのは、主として中国の民衆が無組織の状態にあるからである。この欠点が克服されれば、日本侵略者は立ちあがったわれわれ数億の人民の面前にひきすえられ、火の海にとびこんできた野牛のようになって、われわれが1声叫んだだけでびっくりし、かならず焼け死んでしまう。

「持久戦について」(1938年5月)、『毛沢東選集』第2巻

帝国主義者はこのようにわれわれをあなどっているが、これには真剣に対処する必要がある。われわれは強大な正規軍をもたなければならないだけでなく、大々的に民兵師団をつくらなければならない。そうすれば、帝国主義がわが国を侵略したとき、かれらを身動きできないようにすることができる。

新華社記者にたいする談話(1958年9月29日)

革命戦争全体の観点からすると、人民の遊撃戦争は、主力の赤軍とはおたがいに両腕の関係をなしており、人民の遊撃戦争がなくて、ただ主力の赤軍だけならば、あたかも片腕将軍のようなものである。根拠地の人民の条件とは、具体的にいうと、とくに作戦についていうと、武装した人民がいることである。敵がおそろしいところとしているのも、主としてこの点にある。

「中国革命戦争の戦略問題」(1936年12月)、『毛沢東選集』第1巻

戦争の勝敗は、主として戦う双方の軍事、政治、経済、自然などの諸条件によって決定されることはいうまでもない。だがそれだけではなく、戦う双方の主体的指導の能力によっても決定される。軍事家には物質的条件のゆるす範囲をこえて戦争の勝利をはかることはできないが、物質的条件のゆるす範囲内で、戦争の勝利をたたかいとることができるし、また、たたかいとらなければならない。軍事家の活躍する舞台は、客観的物質的条件のうえにきずかれるが、しかし軍事家は、その舞台1つで、精彩にとんだ、勇壮な多くの劇を演出できるのである。

「中国革命戦争の戦略問題」(1936年12月)、『毛沢東選集』第1巻

戦争の目的はほかでもなく、「自己を保存し、敵を消滅する」(敵を消滅するとは、敵のすべてを肉体的に消滅することではなくて、敵の武装を解除すること、つまり「敵の抵抗力をうばう」ことをいう)ことである。古代の戦争では矛と盾がつかわれた。矛は攻撃するものであり、敵を消滅するためのものであった。盾は防御するものであり、自己を保存するためのものであった。今日の兵器も、やはりこの両者の延長である。爆撃機、機関銃、長距離砲、毒ガスは矛の発展であり、防空設備、鉄かぶと、コンクリート構築陣地、防毒マスクは盾の発展である。戦車は矛と盾とを1つに結合した新しい兵器である。攻撃は敵を消滅するための主要な手段であるが、防御もなくてはならない。攻撃は直接には敵を消滅するためのものであるが、敵を消滅しないと、自己が消滅されてしまうから、同時に自己を保存するためのものでもある。防御は直接には自己を保存するためのものであるが、同時にまた攻撃を補助するか、もしくは攻撃に転ずるのを用意するための手段でもある。退却は防御の1種であり、防御の継続である。そして、追撃は攻撃の継続である。効果的に自己を保存するには、敵を大量に消滅 する以外にはないので、戦争目的のうちでは、敵を消滅することが主要なもので、自己を保存することは第2義的なものだということをここで指摘しなければならない。したがって、敵を消滅する主要な手段としての攻撃が主要なものであり、そして敵を消滅する補助的手段としての、自己を保存する1手段としての防御は第2義的なものである。戦争の実際においては、多くのばあいは防御が主となり、その他のばあいは攻撃が主となるが、しかし、戦争全体を通じてみれば、攻撃がやはり主要なものである。

「持久戦について」(1938年5月)、『毛沢東選集』第2巻

あらゆる軍事行動の指導原則は、できるかぎり自己の力を保存し、敵の力を消滅するという基本原則にもとづいている。……戦争のなかで、勇敢な犠牲をよびかけるのはどう解釈したらよいか。どの戦争でも代価を、ときには非常に大きな代価を支払わなければならないが、これは「自己保存」と矛盾しないだろうか。じつは少しも矛盾するものではなく、もう少し正確にいうならば、それはたがいに反しながら、たがいに成りたたせあっているのである。なぜなら、このような犠牲は、敵の消滅に必要であるばかりでなく、自己の保存にも必要である――部分的に一時的に「保存しない」 (犠牲あるいは支払い)ことは、全体的に永久的に保存するために必要だからである。この基本的な原則から、軍事行動全体を指導する一連のいわゆる原則がうまれてくる。射撃の原則(身体を隠蔽すること、火力を発揮すること、前者は自己を保存するためのもの、後者は敵を消滅するためのもの)から、戦略原則にいたるまでのすべてが(この基本原則の精神につらぬかれている。すべての技術的、戦術的、戦役的、戦略的な原則は、この基本原則を実行するときの条件である。自己を保存し、敵を消滅する原則が、あらゆる軍事原則の根拠である。

「抗日遊撃戦争の戦略問題」(1938年5月)、『毛沢東選集』第2巻

われわれの軍事原則はつぎのとおりである。(1)さきに、分散し孤立した敵を攻撃し、あとで、集中した強大な敵を攻撃する。(2)さきに、小郡市、中都市および広大な農村を手にいれ、あとで、大都市を手にいれる。(3)敵の兵員の殲滅を主要目標とし、都市や地域の保持または奪取を主要目標とはしない。都市や地域の保持または奪取は、敵の兵員を殲滅することによって得られる結果で、これを何回もくりかえさなければ、最後的に保持または奪取できないばあいが多い。(4)どの戦闘でも、圧倒的に優勢な兵力(敵の兵力の2倍、3倍、4倍の、ときには5倍または6倍もの兵力)を集中して、四方から敵を包囲し、一兵も逃がさないよう、極力完全殲滅をはかる。特殊な状況のもとでは、敵に殲滅的な打撃をあたえる方法をとる。すなわち、全力を集中し、敵の正面とその一翼あるいは両翼を攻撃して、その一部を殲滅し、他の一部を撃破する目的をとげ、それによって、わが軍が急速に兵力を移動させて、他の敵軍部隊を粉砕できるようにする。損得のつぐなわない、あるいは損得の相半ばするような消耗戦は極力さける。そうすれば、われわれは、全体的には、劣勢(数のうえからいって)であっても、ひとつひとつの局部においては、またひとつひとつの具体的な戦役においては、絶対優勢となるので、戦役の勝利が保証されることになる。時がたつにつれて、われわれは、全体的にも優勢に転じ、ついには、いっさいの敵を殲滅するにいたるであろう。(5)準備のない戦いはせず、自信のない戦いはしない。いずれの戦いにも、あくまでじゅうぶんな準備をし、敵味方の条件を比較したうえで、あくまで勝利の確信をもつようにしなければならない。(6)勇敢に戦い、犠牲をおそれず、疲労をおそれず、連続的に戦う(すなわち、短期間内に、休まず、たてつづけにいくつもの戦闘をする)という作風を発揮する。(7)できるかぎり、運動戦のなかで、敵を殲滅するようにする。同時に、陣地攻撃の戦術を重視し、敵の拠点や都市を奪取する。(8)都市の攻略の問題では、敵の守備の手薄な拠点や都市は、すべて断固としてこれを奪取する。敵の守備の程度が中くらいで、まわりの条件からいっても、奪取してよい拠点や都市は、すべて、機をみてこれを奪取する。敵の守備の強固な拠点や都市は、すべて、条件の熟するのをまってこれを奪取する。(9)敵から鹵獲したすべての兵器と、捕虜にした大部分の兵員で自己を補充する。わが軍の人力・物力の供給源は主として前線にある。(10)2つの戦役のあいまをたくみに利用して、部隊の休息と整備・訓練をおこなう。休息と整備・訓練の時間は、できるだけ敵に息ぬきの時間をあたえないために、一般に長すぎてはならない。以上の諸点は、人民解放軍が蒋介石を打ち破る主要な方法である。これらの方法は、人民解放軍が内外の敵との長期の戦いによる鍛練のなかであみだしたものであって、完全にわれわれの現在の状況にかなった方法である。……われわれの戦略戦術は人民戦争という土台のうえにうちたてられたものであって、いかなる反人民的軍隊も、われわれの戦略戦術を応用できない。

「当面の情勢とわれわれの任務」(1947年12月25日)、『毛沢東選集』第4巻

優勢であるが準備がないならぱ、真の優勢ではなく、また主動性もない。劣勢ではあるが準備のある軍隊は、この点がわかっていれば、つねに、敵にたいし不意に攻勢にでて、優勢な敵をうちやぶることができる。

「持久戦について」(1938年5月)、『毛沢東選集』第2巻

著者
毛沢東
原著
1964年
底本
『毛主席語録』外文出版社(北京)。電子化 HTML: http://maoist.web.fc2.com/mao/goroku000.htm
掲載根拠
保護期間中(未公開)
備考
著者没年 1976。中国は死後50年(2027-01-01 満了)、日本は死後70年(2047-01-01 満了)。外文出版社の日本語訳は法人著作として別に保護される

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