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調査研究

毛沢東 · 1964年

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23.調査研究

すべての実際活動家は、下の方をむいて調査しなければならない。理論だけで、実際の状況を知らないものにとっては、こうした調査活動はとりわけ必要であり、さもなければ理論を実際と結びつけることはできない。「調査なくして、発言権なし」というこのことばは、かつては「せまい経験論」だとそしられたが、わたしはいまでもそれを後悔していない。後悔していないどころか、わたしは依然として、調査がなければ発言権はありえないということを堅持するものである。多くの人は、「お着きになるやさっそく」、なんだかんだと論議をして、意見をだし、これも批判しあれも非難するが、こういう人は実は10人が10人までみな失敗する。なぜなら、こうした論議や批判は綿密な調査をへておらず、無知なでまかせをいっているにすぎないからである。わが党がいわゆるこの「勅使」のためにどれほど損をしたか、かぞえきれない。ところが、このような「勅使」は、いたるところとびまわり、ほとんどどこにでもいるといってよい。スターリンが「理論は、革命の実践と結びつかなければ、対象のない理論となる」といっているのは正しい。もちろん、かれが「実践は、革命の理論を指針としなけ れば、盲目的な実践となる」といっているのも正しい。盲目的な、前途にくらい、見通しをもたない事務屋をのぞいては、「せまい経験論」などとはいえないのである。

「『農村調査』のはしがきとあとがき」(1941年3月、4月)、『毛沢東選集』第3巻

このような態度が実事求是の態度である。「実事」とは客観的に存在しているすべての事物のことであり、「是」とは客観的な事物の内部的なつながり、すなわち法則性のことであり、「求」とはわれわれが研究することである。われわれは、国の内外、省の内外、県の内外、区の内外の実際の状況から出発し、そのなかから、われわれの行動の導きとして、憶測でない固有の法則性をひきだし、すなわち、周囲のでき事の内部的なつながりをさがしださなければならない。そして、このようにするためには、主観的な想像、一時的な熱情、死んだ書物にたよってはならず、客観的に存在する事実にたよって、詳細な資料をわがものとし、マルクス・レーニン主義の一般的な原理の導きのもとに、これらの資料のなかから、正しい結論をひきださなければならない。

「われわれの学習を改革しよう」(1941年5月)、『毛沢東選集』第3巻

「目をつぶってすずめをつかまえ」、「めくらが魚を手さぐり」するような、おおざっぱで、長広舌を振るい、なまはんかな知識に満足するこうした非常に悪い作風、マルクス・レーニン主義の基本精神にまったくそむいたこうした作風は、わが党の多くの同志たちのあいだに、なおひきつづき存在している。マルクス、エンゲルス、レーニン、スターリンは、主観的な願望から出発するのではなく、客観的な真実の状況から出発して、状況をまじめに研究せよと、われわれに教えているが、われわれの多くの同志たちは、直接、この真理にそむいている。

「われわれの学習を改革しよう」(1941年5月)、『毛沢東選集』第3巻

きみはその問題を解決することができないのか。それなら、その問題の現状と歴史を調査することである。十分に調査してはっきりさせれば、その問題にたいする解決策が出てくる。すべての結論は、状況を調査するまえにあるのではなくて、その終わりに生まれるのである。自分ひとりで、あるいはひとかたまりのものをあつめて、調査もせずに、ただ頭をひねりまわして「方法を考えだし」、「構想をねろう」とするのは、おろかものだけである。これでは、かならずどんなよい方法も考えだすことはできないし、どんなよい構想もうみだすことはできない、ということを知っておかなければならない。

「書物主義に反対する」(1930年5月)

調査とは「10ヵ月の妊娠」のようなものであり、問題の解決とは「ある朝の分娩」のようなものである。調査とはつまり問題解決のことである。

「書物主義に反対する」(1930年5月)

マルクス・レーニン主義の理論と方法を応用して、周囲の環境を系統的に綿密に調査、研究する。ただ熱情だけで活動するのではなく、スターリンものべているように、革命的な気概を実際的な精神に結合する。

「われわれの学習を改革しよう」(1941年5月)、『毛沢東選集』第3巻

状況を理解するには、社会にたいして調査をおこない、社会の各階級のいきいきした状況を調査するのが唯一の方法である。指導にあたっている人にとっては、計画的にいくつかの都市、いくつかの農村を目標にして、マルクス主義の基本的観点、すなわち階級分析の方法をもちい、何回か綿密な調査をおこなうことが、状況を理解するもっとも基本的な方法である。

「『農村調査』のはしがきとあとがき」(1941年3月、4月)、『毛沢東選集』第3巻

調査会をひらくには、人数は毎回多くなくてもよく、3、4人、あるいは7、8人で十分である。十分な時間をあたえ、調査項目を用意し、さらに自分が直接質問し記録をとるとともに、参会者と議論を展開しなければならない。したがって、あふれるばかりの熱意がなく、目を下にむける決意がなく、知識をえようとする意欲がなく、鼻もちならない気どりをすてて、よろこんで小学生になるという心がけがなければ、その調査会はけっしてひらけるものではないし、ひらいてもうまくやれはしない。

「『農村調査』のはしがきとあとがき」(1941年3月、4月)、『毛沢東選集』第3巻

指揮員がおこなう正しい部署配置は、正しい決心からうまれ、正しい決心は、正しい判断からうまれ、正しい判断は、周到な、また必要な偵察と、さまざまな偵察材料をむすびあわせた思索からうまれる。指揮員は、あらゆる可能な、また必要な偵察手段をつかい、偵察でえた敵の状況にかんするさまざまな材料のなかから、滓をすてて粋をとり、偽をすてて真をのこし、このことからあのことへ、表面から内面へと進んでゆく思索をおこない、そのうえに、味方の状況をくわえて、双方の対比や相互の関係を研究し、それによって、判断をつくりあげ、決心をし、計画をたてる――これが軍事家の毎回の戦略、戦役、あるいは戦闘の計画をたてるにさきだっておこなう全般的な状況認識の1つの過程である。

「中国革命戦争の戦略問題」(1936年12月)、『毛沢東選集』第1巻

著者
毛沢東
原著
1964年
底本
『毛主席語録』外文出版社(北京)。電子化 HTML: http://maoist.web.fc2.com/mao/goroku000.htm
掲載根拠
保護期間中(未公開)
備考
著者没年 1976。中国は死後50年(2027-01-01 満了)、日本は死後70年(2047-01-01 満了)。外文出版社の日本語訳は法人著作として別に保護される

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